2019年05月31日
帯広までくだる~プレ十勝自転車の旅6~
あっという間に最終日。今日は帯広駅まで下ります。まずは糠平の旧玄関口だった糠平駅跡へ。跡地は現在、上士幌町の鉄道資料館が建てられています。
中は廃止になった士幌線の資料が展示されていて、なかなか見ごたえのあるものになっています。以前来たことがあるので、今回のお目当ては隣のひがし大雪高原鉄道の観光トロッコです。糠平駅跡を中心に旧士幌線の跡にレールを敷きなおして観光トロッコを運航しているとのこと。
糠平駅の駅名標も復元されていました。
トロッコは凝った作りです。
これは本物かも。
手続すると、受け付けたおじさんが私の名前に気が付いてくれて、ちょっと嬉しかったです。そう、このトロッコを運航しているのは「ひがし大雪アーチ橋友の会」の方々。昨日降りてきた士幌線のアーチ橋の保存に力を尽くし、これを活用していこうという団体で、私も及ばずながら賛助会員として加入しているのでした。特に申告はしなかったのに覚えてくれていたのはうれしい限りです。
観光トロッコは旧士幌線の跡をたどっていきます。左手は糠平湖です。
トンネルの手前まで終点です。この先は橋が架かっていましたが、撤去されてしまったのでわたることはできません。でも現役時代に乗ることができなかった路線に乗れて大満足です。
2018年はトロッコが壊れてしまい、運行できなかったようですが、今年は運行してもらいたいものです。詳しくはひがし大雪アーチ橋友の会のHPへ。
さて、糠平から帯広まで下ります。おおむね下り坂ですが、特に上士幌町の中心までが急な下り坂になります。まずは糠平ダムを見ながらの下り坂です。延々続きます。糠平湖は人口のダム湖で、昔は湖の底に温泉街があったそうです。
途中士幌線のアーチ橋が時折見えながらの下りです。
途中に「音更山道」の碑が。
ちょうど川と崖が迫るところにありました。説明版によれば、今糠平湖があるところは昔は大樹林で、その木材を切り出して十勝開拓の建設資材にあてたのだそう。そのため糠平までの道を明治25年に囚人の斧によって建設し、大正7年にもさらに道路開削工事をしたのだそう。3か月で6000人の囚人を使役したのだから、相当な難工事であったのでしょう。そあと昭和に入り鉄道が建設されて発展していったのでした。
さらに下ると第三音更川橋梁が見えました。
ここも登録文化財に指定されていて、その修理のための費用を、上士幌町はふるさと納税で募集していました。
さらに下ると、上士幌の市街地へ入ってきますが、なにかイベントがあるかもと思い、ちょっと寄り道をして昨夜見たバルーンフェスティバルの会場へ。
ちょうど子供向けにアンパンマンショーをやっていました。確かバルーンは朝夕しか上げられないと聞いていたので、バルーン体験が田隅なのはしょうがないですね。
昼ごはんにして豚丼いただきました。
ここからは士幌線の跡を見ながら帯広までひたすら走ります。平野部に入ると、線路の跡はほぼわかりませんね。畑になっておりました。
途中の道の駅でアイスを食べ。
十勝ならではの風景を横目にペダルをこぎます。
そろそろ時間切れになりそうです。今日中に帰るには帯広駅18時40分発の帯広空港行きバスに乗らねばなりません。自転車を分解する時間を考えると、18時過ぎには駅に到着したいところです。
18時を過ぎて、十勝川に沈む夕日もじっくり見れず、さらに帯広駅へ向かいます。
十勝川を渡れば、帯広市街地。もうゴールはまじかです。
18時20分何とか帯広駅到着。急いで分解して輪行し、バスに乗り込めました。
今回は急ぎ足になってしまいましたが、何とか自転車前半戦を制しました。バルーンフェスも見れましたし、大満足です。ただ北海道とは言え、暑かった!次回はどこから十勝川河口へ向けて走り始めましょうか?
プレ十勝自転車の旅 完
中は廃止になった士幌線の資料が展示されていて、なかなか見ごたえのあるものになっています。以前来たことがあるので、今回のお目当ては隣のひがし大雪高原鉄道の観光トロッコです。糠平駅跡を中心に旧士幌線の跡にレールを敷きなおして観光トロッコを運航しているとのこと。
糠平駅の駅名標も復元されていました。
トロッコは凝った作りです。
これは本物かも。
手続すると、受け付けたおじさんが私の名前に気が付いてくれて、ちょっと嬉しかったです。そう、このトロッコを運航しているのは「ひがし大雪アーチ橋友の会」の方々。昨日降りてきた士幌線のアーチ橋の保存に力を尽くし、これを活用していこうという団体で、私も及ばずながら賛助会員として加入しているのでした。特に申告はしなかったのに覚えてくれていたのはうれしい限りです。
観光トロッコは旧士幌線の跡をたどっていきます。左手は糠平湖です。
トンネルの手前まで終点です。この先は橋が架かっていましたが、撤去されてしまったのでわたることはできません。でも現役時代に乗ることができなかった路線に乗れて大満足です。
2018年はトロッコが壊れてしまい、運行できなかったようですが、今年は運行してもらいたいものです。詳しくはひがし大雪アーチ橋友の会のHPへ。
さて、糠平から帯広まで下ります。おおむね下り坂ですが、特に上士幌町の中心までが急な下り坂になります。まずは糠平ダムを見ながらの下り坂です。延々続きます。糠平湖は人口のダム湖で、昔は湖の底に温泉街があったそうです。
途中士幌線のアーチ橋が時折見えながらの下りです。
途中に「音更山道」の碑が。
ちょうど川と崖が迫るところにありました。説明版によれば、今糠平湖があるところは昔は大樹林で、その木材を切り出して十勝開拓の建設資材にあてたのだそう。そのため糠平までの道を明治25年に囚人の斧によって建設し、大正7年にもさらに道路開削工事をしたのだそう。3か月で6000人の囚人を使役したのだから、相当な難工事であったのでしょう。そあと昭和に入り鉄道が建設されて発展していったのでした。
さらに下ると第三音更川橋梁が見えました。
ここも登録文化財に指定されていて、その修理のための費用を、上士幌町はふるさと納税で募集していました。
さらに下ると、上士幌の市街地へ入ってきますが、なにかイベントがあるかもと思い、ちょっと寄り道をして昨夜見たバルーンフェスティバルの会場へ。
ちょうど子供向けにアンパンマンショーをやっていました。確かバルーンは朝夕しか上げられないと聞いていたので、バルーン体験が田隅なのはしょうがないですね。
昼ごはんにして豚丼いただきました。
ここからは士幌線の跡を見ながら帯広までひたすら走ります。平野部に入ると、線路の跡はほぼわかりませんね。畑になっておりました。
途中の道の駅でアイスを食べ。
十勝ならではの風景を横目にペダルをこぎます。
そろそろ時間切れになりそうです。今日中に帰るには帯広駅18時40分発の帯広空港行きバスに乗らねばなりません。自転車を分解する時間を考えると、18時過ぎには駅に到着したいところです。
18時を過ぎて、十勝川に沈む夕日もじっくり見れず、さらに帯広駅へ向かいます。
十勝川を渡れば、帯広市街地。もうゴールはまじかです。
18時20分何とか帯広駅到着。急いで分解して輪行し、バスに乗り込めました。
今回は急ぎ足になってしまいましたが、何とか自転車前半戦を制しました。バルーンフェスも見れましたし、大満足です。ただ北海道とは言え、暑かった!次回はどこから十勝川河口へ向けて走り始めましょうか?
プレ十勝自転車の旅 完
2019年05月24日
糠平へ~プレ十勝自転車の旅5~
国道273号線を糠平に下っていきます。ところどころ左手に旧国鉄士幌線の跡を見えます。最初に見えるのは第五音更川橋梁です。
国道の「滝の沢橋」から見えます。
夏なので、木が生い茂って、全長109mの橋梁が見えないのが残念なので、自転車を止めて、川まで下りていきました。
この第五音更川橋梁をはじめ、士幌線の跡にある橋梁群やトンネルなどは登録文化財に指定されています。その理由はアーチ橋がコンクリートで作られていることです。第二次世界大戦前後の昭和前期に作られた全国的に見ても初期のコンクリートアーチ橋で、大型のアーチ橋群は珍しいとのこと。当時は鉄橋がほとんどだった時代でしたが、この地域は国立公園内で景観に配慮する必要があったことと、工事費を抑えるために、現地調達できる砂利などを使えるコンクリートのアーチ橋が採用されたとのことです。
川岸に降りて、下から眺めると、やはり大きいですね。川の流れを遮らないために、川の部分には23mもの大きなアーチになりました。
川岸の部分は10mのスパンでアーチが作られているそうで、木に埋もれながらも見えました。道路からは見えなかったので大満足です。
ただよく見ると、1938年建設とのことでコンクリート表面ははがれていて、中が少し見えてしまっています。保存していくのは本当に大変ですね。
道路に上がって、また糠平へ向かいます。すぐに幌加に到着しました。昔は集落があって、幌加駅もありましたが、現在は無人になり、トイレを併設した除雪ステーションがあります。
除雪ステーションの裏に幌加駅の跡があります。
案内板によると、この幌加にも昭和37年(1962年)頃には約80軒の建物があり、350人ほど住んでいたそうです。ホームも整備されて、残っていました。
ちなみに昔の幌加駅はこんな感じでした。
また道を下っていきます。
だいぶ糠平に近づいてきて、三の沢の駐車場にはミニトロッコがありました。
週末や夏休み等に自転車で漕ぐというミニトロッコが廃線跡に敷かれていて、乗せてもらいました。
途中、第二、四の沢橋梁を通ります。3mの短い橋なのでほとんど橋とはわかりません。
往復して楽しみました。
もう少し、廃線跡を歩いてみようかと思いましたが、こんな看板が。
台風で倒木のためとのこと。熊も出るようで。人里近いのに驚きです。
17時ころ、6時間半かけて、ようやく糠平の宿まで戻ってきました。早い人は14時ころに戻ってきたそうで、のんびりサイクリングでした。
夜は上士幌のバルーンフェスティバルを宿の車で見に連れて行ってもらいました。
楽しい1日でした。
6へ続く。
国道の「滝の沢橋」から見えます。
夏なので、木が生い茂って、全長109mの橋梁が見えないのが残念なので、自転車を止めて、川まで下りていきました。
この第五音更川橋梁をはじめ、士幌線の跡にある橋梁群やトンネルなどは登録文化財に指定されています。その理由はアーチ橋がコンクリートで作られていることです。第二次世界大戦前後の昭和前期に作られた全国的に見ても初期のコンクリートアーチ橋で、大型のアーチ橋群は珍しいとのこと。当時は鉄橋がほとんどだった時代でしたが、この地域は国立公園内で景観に配慮する必要があったことと、工事費を抑えるために、現地調達できる砂利などを使えるコンクリートのアーチ橋が採用されたとのことです。
川岸に降りて、下から眺めると、やはり大きいですね。川の流れを遮らないために、川の部分には23mもの大きなアーチになりました。
川岸の部分は10mのスパンでアーチが作られているそうで、木に埋もれながらも見えました。道路からは見えなかったので大満足です。
ただよく見ると、1938年建設とのことでコンクリート表面ははがれていて、中が少し見えてしまっています。保存していくのは本当に大変ですね。
道路に上がって、また糠平へ向かいます。すぐに幌加に到着しました。昔は集落があって、幌加駅もありましたが、現在は無人になり、トイレを併設した除雪ステーションがあります。
除雪ステーションの裏に幌加駅の跡があります。
案内板によると、この幌加にも昭和37年(1962年)頃には約80軒の建物があり、350人ほど住んでいたそうです。ホームも整備されて、残っていました。
ちなみに昔の幌加駅はこんな感じでした。
また道を下っていきます。
だいぶ糠平に近づいてきて、三の沢の駐車場にはミニトロッコがありました。
週末や夏休み等に自転車で漕ぐというミニトロッコが廃線跡に敷かれていて、乗せてもらいました。
途中、第二、四の沢橋梁を通ります。3mの短い橋なのでほとんど橋とはわかりません。
往復して楽しみました。
もう少し、廃線跡を歩いてみようかと思いましたが、こんな看板が。
台風で倒木のためとのこと。熊も出るようで。人里近いのに驚きです。
17時ころ、6時間半かけて、ようやく糠平の宿まで戻ってきました。早い人は14時ころに戻ってきたそうで、のんびりサイクリングでした。
夜は上士幌のバルーンフェスティバルを宿の車で見に連れて行ってもらいました。
楽しい1日でした。
6へ続く。
2019年05月17日
十勝三股~プレ十勝自転車の旅4~
昼食を食べた、三股山荘では面白いものを見つけました。
廃止になった旧国鉄士幌線十勝三股駅の駅スタンプです。
現在では印面がすり減ってボロボロになっておりましたが、きれいな頃の印面もありました。
昭和50年代前半のディスカバージャパンのスタンプですね。旧国鉄ことJRの前身、日本国有鉄道が旅行促進キャンペーンとして行ったものですね。その一環でこの十勝三股駅でもスタンプを置いたのでしょう。
ここ十勝三股は帯広から北上してきた国鉄士幌線の終着駅でした。この十勝三股は日本の鉄道史の中でも特異な歴史を持つ場所でもありますし、北海道の歴史を体現している場所かもしれません。それについては別記事で詳しく書きましたので、興味がある方はそちらへ。
かつては1000人以上住んでいてにぎわったそうですが、いまの十勝三股は一面の草原になっていました。
駅跡へ向かいます。残念ながら国立公園内のため、環境省の土地になって、駅跡は跡形もなく壊してしまったそうです。まだ産業遺産という認識が広まっていなかったころの話で1990年代には各地にあったことですが、本当に残念ですね。
この写真の左側に駅はあったと思われます。これでは思いをはせることもできず、残念極まりないですね。
もう8月ですが、まだ大雪の山々には雪が残っておりました。
十勝三股の歴史を思いつつ、糠平へ下っていきます。
ここから糠平まで国鉄士幌線の跡をところどころ横目に見ながら南下していきます。
時々、バイクや車が過ぎていきます。
下ってくると、昨夜、露天風呂に入った幌加温泉の入口にあるバス停までやってきました。今は1往復、帯広~旭川の高速バスが止まるだけですが、ここの時刻表はたくさんのバスが止まるようです。日付を見ると平成11年でした。もう使う人がいないのに残っているのかもしれません。
ここ入り口からは幌加温泉までは結構登りますね。実際バスと列車で行くのはきついと思います。
峠から下ってきた道も、だんだん緩やかになり、時々起伏が出てきて、上ったり下ったりします。
さらに南下します。
5へ続く。
廃止になった旧国鉄士幌線十勝三股駅の駅スタンプです。
現在では印面がすり減ってボロボロになっておりましたが、きれいな頃の印面もありました。
昭和50年代前半のディスカバージャパンのスタンプですね。旧国鉄ことJRの前身、日本国有鉄道が旅行促進キャンペーンとして行ったものですね。その一環でこの十勝三股駅でもスタンプを置いたのでしょう。
ここ十勝三股は帯広から北上してきた国鉄士幌線の終着駅でした。この十勝三股は日本の鉄道史の中でも特異な歴史を持つ場所でもありますし、北海道の歴史を体現している場所かもしれません。それについては別記事で詳しく書きましたので、興味がある方はそちらへ。
かつては1000人以上住んでいてにぎわったそうですが、いまの十勝三股は一面の草原になっていました。
駅跡へ向かいます。残念ながら国立公園内のため、環境省の土地になって、駅跡は跡形もなく壊してしまったそうです。まだ産業遺産という認識が広まっていなかったころの話で1990年代には各地にあったことですが、本当に残念ですね。
この写真の左側に駅はあったと思われます。これでは思いをはせることもできず、残念極まりないですね。
もう8月ですが、まだ大雪の山々には雪が残っておりました。
十勝三股の歴史を思いつつ、糠平へ下っていきます。
ここから糠平まで国鉄士幌線の跡をところどころ横目に見ながら南下していきます。
時々、バイクや車が過ぎていきます。
下ってくると、昨夜、露天風呂に入った幌加温泉の入口にあるバス停までやってきました。今は1往復、帯広~旭川の高速バスが止まるだけですが、ここの時刻表はたくさんのバスが止まるようです。日付を見ると平成11年でした。もう使う人がいないのに残っているのかもしれません。
ここ入り口からは幌加温泉までは結構登りますね。実際バスと列車で行くのはきついと思います。
峠から下ってきた道も、だんだん緩やかになり、時々起伏が出てきて、上ったり下ったりします。
さらに南下します。
5へ続く。
2019年05月10日
三国峠より出発!~プレ十勝自転車の旅3~
2日目の朝は早起きして、ユースホステルのツアーでタウシュベツ橋ツアーへ。何回も言っているツアーですが、糠平温泉に来ると、行ってみたい場所です。8月のこの時期は糠平ダムがほぼ満水なので、水没していることが多いのですが。
はたして、橋は水没しておりました。
本来ならばこんな感じですが。
宿へ戻り、朝食後、再び宿のツアーで三国峠へ。
泊まった東大雪ぬかびらユースホステルでは様々なツアーをやっていて、その中にマウンテンバイクツアーというのがあります。ユースの自転車を借りて、三国峠からユースのある糠平温泉まで下りてくるというもので、行きの登りは車で運んでくれるので、風を浴びながら自転車で下ってこれるという楽しい企画です。
自分の自転車でもよいということなので、ツアーに参加して三国峠まで自転車を運んでもらいました。お手軽といえばお手軽ですが、私の希望はただ十勝川の河口まで下りたいというものなので、お願いした次第です。
三国峠の駐車場には小さなお店もあり、ちょっとした休憩場所です。この先は三国トンネルに入り、そのまま上川の層雲峡へ抜けられます。この三国峠はその名の通り、旧国名の北見国、石狩国、十勝国の三国の境という場所で、同時に日本海にそそぐ石狩川、オホーツク海にそそぐ常呂川、そして太平洋にそそぐ十勝川の分水点でもあります。ここから十勝川の河口まで行くというのは一つ意味があるような気がしました。
三国峠から十勝側を眺めると、一面の森林というか樹海です。
それでは出発することにします。
しばらくはゆっくりと下っていきます。
眼下には樹海と下っていくであろう道が見えています。
だんだんと勾配がきつくなってきました。峠付近は急カーブと急こう配で高度を稼いでいるため、下るにも勇気がいります。
でも空は青く、空気はカラッとしていて、自転車で下るには絶好の天気です。
ぐんぐんと下っていきます。自動車は少なく、一本道になりました。
風を切って走る、これほど気持ちの良いものはないですね。ブログの題名にしていますけど、風に吹かれて旅をするのは私にとっては最上のものなのだと思います
しばらく下っていると、道路わきに電話ボックスがあり、なぜ?と思いつつ、中を見てみると、非常用専用の電話とのことで、警察、消防、JAF、道路管理者につながる電話でした。
この区間は三国峠を挟んで約30キロ人家のない区間とのことで、非常時用にとのこと。この時期はいいですが、冬の時期なんて故障なんてことのなったら、人命にかかわりますもんね。北海道ならではのものです。
さらに下っていくと、峠から約1時間で十勝三股の集落へとやってきました。
ここで早いですが、昼食にすることにしました。三股唯一の飲食店、三股山荘でズッキーニとフレッシュハーブのトマトソーススパゲティをいただきました。
4へ続く。
はたして、橋は水没しておりました。
本来ならばこんな感じですが。
宿へ戻り、朝食後、再び宿のツアーで三国峠へ。
泊まった東大雪ぬかびらユースホステルでは様々なツアーをやっていて、その中にマウンテンバイクツアーというのがあります。ユースの自転車を借りて、三国峠からユースのある糠平温泉まで下りてくるというもので、行きの登りは車で運んでくれるので、風を浴びながら自転車で下ってこれるという楽しい企画です。
自分の自転車でもよいということなので、ツアーに参加して三国峠まで自転車を運んでもらいました。お手軽といえばお手軽ですが、私の希望はただ十勝川の河口まで下りたいというものなので、お願いした次第です。
三国峠の駐車場には小さなお店もあり、ちょっとした休憩場所です。この先は三国トンネルに入り、そのまま上川の層雲峡へ抜けられます。この三国峠はその名の通り、旧国名の北見国、石狩国、十勝国の三国の境という場所で、同時に日本海にそそぐ石狩川、オホーツク海にそそぐ常呂川、そして太平洋にそそぐ十勝川の分水点でもあります。ここから十勝川の河口まで行くというのは一つ意味があるような気がしました。
三国峠から十勝側を眺めると、一面の森林というか樹海です。
それでは出発することにします。
しばらくはゆっくりと下っていきます。
眼下には樹海と下っていくであろう道が見えています。
だんだんと勾配がきつくなってきました。峠付近は急カーブと急こう配で高度を稼いでいるため、下るにも勇気がいります。
でも空は青く、空気はカラッとしていて、自転車で下るには絶好の天気です。
ぐんぐんと下っていきます。自動車は少なく、一本道になりました。
風を切って走る、これほど気持ちの良いものはないですね。ブログの題名にしていますけど、風に吹かれて旅をするのは私にとっては最上のものなのだと思います
しばらく下っていると、道路わきに電話ボックスがあり、なぜ?と思いつつ、中を見てみると、非常用専用の電話とのことで、警察、消防、JAF、道路管理者につながる電話でした。
この区間は三国峠を挟んで約30キロ人家のない区間とのことで、非常時用にとのこと。この時期はいいですが、冬の時期なんて故障なんてことのなったら、人命にかかわりますもんね。北海道ならではのものです。
さらに下っていくと、峠から約1時間で十勝三股の集落へとやってきました。
ここで早いですが、昼食にすることにしました。三股唯一の飲食店、三股山荘でズッキーニとフレッシュハーブのトマトソーススパゲティをいただきました。
4へ続く。
2019年05月03日
幸福駅へ~プレ十勝自転車の旅2~
まずは幸福駅へやってきました。なんどか来ているんですが、休憩を兼ねて訪問します。
幸福駅は40年以上前、NHKのドキュメンタリーからブームになった駅で近くにあった愛国駅から幸福駅行きの切符がバカ売れした駅でした。4年間で1000万枚販売されたとのこと。愛国駅、幸福駅があった旧国鉄広尾線は赤字のため、昭和62年に廃止になってしまいました。
駅舎はブームの聖地になっており、ここで結婚式をしたこともあるそうです。駅舎の中は切符に模した紙が一面に貼られていました。
古い駅舎は味がありましたが、この駅舎は2013年に建て替えられたものだそうで、もう廃駅ではなく、ただの観光地ですね。
駅前の売店では今でも愛国駅から幸福駅行きの切符を販売していました。
ホームへ行ってみると、ここは昔の風景が残っていました。
残念ながら、現役時代は乗ることができなかったのですが、観光地になったとはいえ、残っているのは良かったなと思いつつ、ホームの端まで行くと、厳しい現実が。
線路は跡かたもないんですね。
一路、帯広駅まで向かいます。日差しが暑いですが、湿度が低く、風があるので気持ち良いサイクリングです。ひまわり畑が美しく見えます。
道も一本道でこれが北海道ですね。
のんびり走っていたら帯広駅到着がギリギリになりました。
慌てて自転車を分解し糠平温泉行のバスに乗ります。糠平温泉のユースに宿泊し、夕食後、ユースのツアーで幌加温泉まで温泉入りに行きました。
狐がいましたよ。
露天風呂につかりながら、一日の疲れをいやしました。
3へ続く。
幸福駅は40年以上前、NHKのドキュメンタリーからブームになった駅で近くにあった愛国駅から幸福駅行きの切符がバカ売れした駅でした。4年間で1000万枚販売されたとのこと。愛国駅、幸福駅があった旧国鉄広尾線は赤字のため、昭和62年に廃止になってしまいました。
駅舎はブームの聖地になっており、ここで結婚式をしたこともあるそうです。駅舎の中は切符に模した紙が一面に貼られていました。
古い駅舎は味がありましたが、この駅舎は2013年に建て替えられたものだそうで、もう廃駅ではなく、ただの観光地ですね。
駅前の売店では今でも愛国駅から幸福駅行きの切符を販売していました。
ホームへ行ってみると、ここは昔の風景が残っていました。
残念ながら、現役時代は乗ることができなかったのですが、観光地になったとはいえ、残っているのは良かったなと思いつつ、ホームの端まで行くと、厳しい現実が。
線路は跡かたもないんですね。
一路、帯広駅まで向かいます。日差しが暑いですが、湿度が低く、風があるので気持ち良いサイクリングです。ひまわり畑が美しく見えます。
道も一本道でこれが北海道ですね。
のんびり走っていたら帯広駅到着がギリギリになりました。
慌てて自転車を分解し糠平温泉行のバスに乗ります。糠平温泉のユースに宿泊し、夕食後、ユースのツアーで幌加温泉まで温泉入りに行きました。
狐がいましたよ。
露天風呂につかりながら、一日の疲れをいやしました。
3へ続く。
2019年05月01日
夏の十勝へ。~プレ十勝自転車の旅1~
以前から十勝平野を自転車で縦断したいと思っていました。上川と十勝との境である三国峠から十勝川の河口まで一気に向かいたいなと思っていたのですが、行きたい時期の夏は仕事の休みが取れず、航空券も高かったので、躊躇しておりました。そこでとりあえずできるところからやってみようということで、お盆前の3日間、十勝へ行ってきました。
家を出たのは10時前ですが、まだまだ東京都心に向かう電車は混んでいて、輪行袋の自転車を持った私はぎゅうぎゅう詰めの他のお客さんに迷惑をかけながら羽田空港へと向かいました。空いている方向の電車で行く方法に変えれば良かったなと後悔しました。
品川で黄色いラッピングの車両がやってきました。「KEIKYU YELLOW HAPPY TRAIN」とのことで、黄色つながりで西武鉄道とのコラボもしているそうです。
羽田空港に到着。とりあえずカウンターに行き、壊れても承知するという署名をして、
自転車を預けました。ただ問題が、乗りたかった便が満席で、そのあとの便を特典航空券で予約して、キャンセル待ちにかけることにしました。
無事にキャンセル待ちが取れて、帯広行き575便に搭乗することができました。1時間半ほどで飛行機は十勝平野上空まで来ました。窓からは十勝の大地が広がっていました。
ほぼ定刻にとかち帯広空港に到着。早速自転車を組み立てます。空港には組み立てたり、駐輪することができるスペースがありました。
それでは自転車で出発です。気温は29度。北海道も東京都と変わらない暑さですが、カラッとしているのが救いです。
とかち帯広空港はちょうど国際線対応のターミナルを建設中でした。
北の大地は雲が印象的で美しい風景です。
とりあえず、今日の目的地は帯広駅。帯広市街まで25キロ。17時までの3時間弱で行かねばなりません。
行きかう車も少なく、快調に自転車は進みます。
最初の目的地に近づきました。
2へ続く。
家を出たのは10時前ですが、まだまだ東京都心に向かう電車は混んでいて、輪行袋の自転車を持った私はぎゅうぎゅう詰めの他のお客さんに迷惑をかけながら羽田空港へと向かいました。空いている方向の電車で行く方法に変えれば良かったなと後悔しました。
品川で黄色いラッピングの車両がやってきました。「KEIKYU YELLOW HAPPY TRAIN」とのことで、黄色つながりで西武鉄道とのコラボもしているそうです。
羽田空港に到着。とりあえずカウンターに行き、壊れても承知するという署名をして、
自転車を預けました。ただ問題が、乗りたかった便が満席で、そのあとの便を特典航空券で予約して、キャンセル待ちにかけることにしました。
無事にキャンセル待ちが取れて、帯広行き575便に搭乗することができました。1時間半ほどで飛行機は十勝平野上空まで来ました。窓からは十勝の大地が広がっていました。
ほぼ定刻にとかち帯広空港に到着。早速自転車を組み立てます。空港には組み立てたり、駐輪することができるスペースがありました。
それでは自転車で出発です。気温は29度。北海道も東京都と変わらない暑さですが、カラッとしているのが救いです。
とかち帯広空港はちょうど国際線対応のターミナルを建設中でした。
北の大地は雲が印象的で美しい風景です。
とりあえず、今日の目的地は帯広駅。帯広市街まで25キロ。17時までの3時間弱で行かねばなりません。
行きかう車も少なく、快調に自転車は進みます。
最初の目的地に近づきました。
2へ続く。