屋根付き橋を訪ねて~広島四国乗り歩き3~
桜咲く旧河辺村の続きです。
はじめに見つけた橋は龍王橋といい、平成九年にかけられた観光用の橋です。
観光用地図を確認すると、河辺にある屋根付き橋は8つ。そのうち4つは最近観光用に作られたもので、以前からあるのは4つ。これらの橋を中心に回ろうと思います。
さて最上流部から訪ねます。御幸の橋です。この橋は向かいの天神社に行くための参道の橋として明治19年に架けられたとのこと。坂本龍馬脱藩の道ぞいにあります。でも神社の参道なので、いまいちピンときません。生活用の橋が見てみたいのです。
次は少し下って、帯江橋です。昭和27年建造で、これこそ生活の橋として現役でありましたが、向かい側は畑なので、農作業に行くための橋という感じです。
屋根付きの橋というのは生活道路だけではなく、農作業の休憩所や農作物などの保管場所にも使われていたそうで、今でも橋の真ん中で椅子が置かれていました。
また、少し下り三嶋橋へ。
これこそ生活の橋として現役でした。対岸にも家があり、自転車やバイクが通れるように板も渡してあります。
屋根の梁には改修時にお金を出した地元の人々に名前が張り出してありました。これを見ても地元の人々の橋に対する思いが感じられます。
こいのぼりも上がっていました。
また下り、道路から離れた場所にある豊年橋へ。
この橋は、小川にかけられていて、こんなところに屋根付きの橋なんていらんだろうと思ったのですが、調べてみると、下流の大きな川にかけられていた屋根付き橋を壊すときに、この先に住む人が譲り受けて縮小して移設したのだそう。そう考えると、かつては屋根付きの橋がたくさんあったという事と、地元の人がそれを大事にしているという事がわかりますね。なぜ、この地に屋根付き橋が多いのかは謎ですが、山に囲まれた狭い土地なので、場所の確保の必要性があったのでしょうかね。
移動して、今度は内子町の屋根付き橋へ。屋根付き橋としては私イチオシの橋がこれ。
その名は田丸橋。画になる橋としてはこの橋が一番良かったですね。前後の道も雰囲気良かったです。
床も木なので、川が見えます。
最後は弓削神社の橋です。これも神社の参道ですが、夕刻とも相まって雰囲気良しです。
ここまで来ると、もう夕刻。向こうの山に日が暮れようとしていました。
松山で一泊です。
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