続、城端線乗り降り~富山の春と観光列車を楽しむ旅6~

さがるまーた

2016年07月03日 12:00




 立山駅から富山地鉄で富山に戻ってきて、北陸新幹線「つるぎ」で一駅、新高岡駅まで来ました。




 新高岡駅は北陸新幹線の開業時にできた駅で同時に城端線の駅もできました。



ただ城端線の駅は新幹線の駅とは別改札になっていて、無人駅の扱いでした。





今回の旅は城端線の全駅に下車するのが目的の一つなので、今日も城端線の乗り降りをします。



今日は2駅。まずは福野駅へ。気動車の塗装が昔のものなので、古い駅舎と相まって、古き良き時代の風景が見られました。



駅舎には古い時代の駅名看板が飾られていました。おそらく入口に飾られていたものだろうと思われます。




今の入口には新しい駅名看板が掲げられていました。
この福野駅は業務委託駅とのことで切符を購入することができました。




この福野駅の駅舎は古い感じでした。



この福野駅は昭和40年代には加越能鉄道加越線がこの駅に来ていたようですが、無くなって久しいので痕跡はわかりませんね。

福野駅から戸出駅へ向かいます。行き違いの列車は忍者ハットリくん車両でした。




20分ほど乗って、戸出駅へやってきました。私と降りるのと入れ違いに高校生がたくさん乗ってきました。この城端線の乗客の大半は学生が多いようです。これで城端線が残るのであればありがたい限りです。



戸出駅にも窓口があり、切符を記念に購入できました。



この戸出駅の駅舎が古い駅舎だという事で楽しみにしてきました。



この城端線が富山で一番古くに開業した鉄道ですが、この戸出駅の駅舎はその時の物だそうで明治29年10月10日竣工だそうです。駅が開業したのは翌明治30年5月4日なので、駅舎に設置している財産標は明治30年5月になっていました。



さっき降りた福野駅も同じ時期にできたそうですが、戸出駅の方が改築もされず、当時の雰囲気が残っているそうです。福野駅で展示されていた駅名看板はここ戸出駅では現役で使われていました。



雰囲気のある駅舎でした。



ここ戸出は江戸時代は加賀藩の領地で富山から金沢へ向かう道の町だったそうです。この何の変哲のない商店街のこの道が昔は「上使街道」として殿様や旅人の往来でにぎわったそうです。今では考えられませんが。




その名残がもう一つありました。この「戸出御旅屋の門」は加賀藩が藩主の休憩、宿泊施設として建てられた「御旅屋」の門です。加賀藩の領内にはいくつもあったそうですが、現在はこの門だけが「御旅屋」の唯一の名残だそうです。



この門は戸出コミュニティセンター前に立っていますが、ここには東京行きの高速バス乗り場がありました。写真ではボケていますが、昼、夜、1本ずつ出ています。言い方は良くないかもしれませんが、戸出のような場所からでも、直接東京に行けるようになれば、列車、特に夜行列車の需要が無くなり、廃止されていくのは仕方のないことなのでしょうね。




今日は高岡で1泊。夕食に高岡大仏コロッケをいただきました。



7へ続く。

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