2013年12月20日
個室の旅~夜行列車乗り継ぎの旅2~
動き出して、今日の寝室、ソロへ入ります。ソロはJRの一人用個室の寝台名称です。「北斗星」のソロには上段と下段があり、私のソロは上段でした。

3段ほど階段を上がり、中へ入ります。

中は狭いのですが、自分だけの空間なのはありがたいです。中は小さいテーブルがあり、オーディオも付いていました。


オーディオをつけると、クラシックが流れました。ほかにもいくつか音楽が流れます。オーディオは一時期、JRの個室設備につけることが流行していました。上級のA寝台には映画などが見られる設備もつけられていましたが、最近は外されることも多くなりました。これだけipodなどの個人で見聞きできる設備を持てれば、こういう設備は必要ないんでしょうね。
検札に来た車掌から、カード型のカギをもらいました。食事の時間までしばらくの間、車窓を眺めます。混雑している通勤列車を見ながら、この旅について思いを巡らせます。
この旅はひょんなことから実現したのでした。前年12月のある日、JR北海道のホームページで寝台列車の空き状況がわかるという情報を入手して(ちなみにJR東日本のホームページでは寝台列車の空き状況はわかりません)、試しにと調べてみたら、北斗星のソロが空いていました。実際はすぐに埋まるんだろうなあと思いながらも、みどりの窓口に行って取ってみたら、なんと取れてしまいました。それならば、乗るしかなかろうということで、ちょうど帰省の時期を合わせて乗ることにしました。
「北斗星」号は、今は廃止された九州行の寝台列車とともに学生時代の私にとっては、本当に手の届かない憧れの列車でした。1988年青函トンネル開業とともに運行を開始した「北斗星」は豪華な設備と乗り換えせずに北海道へ行けるという便利を兼ね備えた、あの時最高の寝台列車でした。今から考えれば、あの時が日本の鉄道が最後に輝いた時だったのだと思います。あのあと、夜行列車はどんどん廃止され、JR各社は合理化をどんどん進め、旅情はどんどん失われていきました。それは時代の変化でもあるので、一概に悪いことでもないのですが、鉄道を使って日本中を旅してきたものとしてはさびしい限りです。
でも、あのころの私は北斗星に乗る気はなかったのも事実です。まぶしくてバブルの象徴のような感じで、同じ上野発の夜行列車でも、急行「八甲田」や「津軽」を使って旅してました。座席に体を丸くして横になったのも、今では良い思い出です。それが、私が社会人になってお金を稼ぐようになったのもあるでしょうが、夜行列車がどんどんなくなっていき、もう指折で数えられるようになってしまいました。今乗らずに、いつ乗るのかという気持ちでチャンスがあれば乗ろうと思うようになったのでした。
今は「ななつ星in九州」とか走っていて、これからJR各社は豪華なクルーズトレインとか作るといっていますが、おそらく乗ることはないのかもしれません。私は列車に乗ること自体も楽しみますが、やはり列車は移動の手段で、そこそこの料金で知らない場所へ連れて行ってくれることが私にとっての列車の楽しみなのだと思います。
そんなことを思っていると、そろそろ食事の時間です。食堂車へ向かうことにします。

3へ続く。

3段ほど階段を上がり、中へ入ります。

中は狭いのですが、自分だけの空間なのはありがたいです。中は小さいテーブルがあり、オーディオも付いていました。


オーディオをつけると、クラシックが流れました。ほかにもいくつか音楽が流れます。オーディオは一時期、JRの個室設備につけることが流行していました。上級のA寝台には映画などが見られる設備もつけられていましたが、最近は外されることも多くなりました。これだけipodなどの個人で見聞きできる設備を持てれば、こういう設備は必要ないんでしょうね。
検札に来た車掌から、カード型のカギをもらいました。食事の時間までしばらくの間、車窓を眺めます。混雑している通勤列車を見ながら、この旅について思いを巡らせます。
この旅はひょんなことから実現したのでした。前年12月のある日、JR北海道のホームページで寝台列車の空き状況がわかるという情報を入手して(ちなみにJR東日本のホームページでは寝台列車の空き状況はわかりません)、試しにと調べてみたら、北斗星のソロが空いていました。実際はすぐに埋まるんだろうなあと思いながらも、みどりの窓口に行って取ってみたら、なんと取れてしまいました。それならば、乗るしかなかろうということで、ちょうど帰省の時期を合わせて乗ることにしました。
「北斗星」号は、今は廃止された九州行の寝台列車とともに学生時代の私にとっては、本当に手の届かない憧れの列車でした。1988年青函トンネル開業とともに運行を開始した「北斗星」は豪華な設備と乗り換えせずに北海道へ行けるという便利を兼ね備えた、あの時最高の寝台列車でした。今から考えれば、あの時が日本の鉄道が最後に輝いた時だったのだと思います。あのあと、夜行列車はどんどん廃止され、JR各社は合理化をどんどん進め、旅情はどんどん失われていきました。それは時代の変化でもあるので、一概に悪いことでもないのですが、鉄道を使って日本中を旅してきたものとしてはさびしい限りです。
でも、あのころの私は北斗星に乗る気はなかったのも事実です。まぶしくてバブルの象徴のような感じで、同じ上野発の夜行列車でも、急行「八甲田」や「津軽」を使って旅してました。座席に体を丸くして横になったのも、今では良い思い出です。それが、私が社会人になってお金を稼ぐようになったのもあるでしょうが、夜行列車がどんどんなくなっていき、もう指折で数えられるようになってしまいました。今乗らずに、いつ乗るのかという気持ちでチャンスがあれば乗ろうと思うようになったのでした。
今は「ななつ星in九州」とか走っていて、これからJR各社は豪華なクルーズトレインとか作るといっていますが、おそらく乗ることはないのかもしれません。私は列車に乗ること自体も楽しみますが、やはり列車は移動の手段で、そこそこの料金で知らない場所へ連れて行ってくれることが私にとっての列車の楽しみなのだと思います。
そんなことを思っていると、そろそろ食事の時間です。食堂車へ向かうことにします。

3へ続く。
Posted by さがるまーた at 18:00│Comments(0)
│2013,1 夜行列車乗り継ぎの旅
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