2014年05月18日
加計呂麻島散策(上)~アイランドほっぴんぐの旅4~
3日目の朝、空は晴れあがりました。西阿室発のバスが10時15分発なので、西阿室の集落を散策します。

昨日、うっすら見えていた与路島がくっきり見えていました。
西阿室小学校。

明治13年7月に開学したとのことで「開学100年の碑」が立っていました。こんな早い時期にと思ったのですが、調べてみると明治5年に学制の発布があり、2、3年のうちに学校自体は24000校ぐらいはできていたので、西阿室に小学校ができたのは遅いんですね。ただ子供が全員行くようになるのは明治末くらいだそうですが。

ガジュマルの木が特徴的です。
子供たちが作ったであろう西阿室の地図。戸数58戸。人口105人だそうです。

集落には厳島神社がありました。海の神様を祭っているのでしょう。昭和14年に鳥居を寄進したのは海軍大佐だそうで、この地が海軍と縁深いのは、大島海峡を海軍の基地としていたことと関連があるのかもしれません。


10時15分、西阿室発の加計呂麻バスに乗ります。

運転手は昨日宿に一緒に行ってくれた商店の店主でした。この後のバスの運転手を見ても、専用の運転手だけではなく、地元の人たちが交代で運転していることが多いようです。まあ1日4本程度のバスで専用の運転手を雇うのは難しいからでしょうね。
約10分で瀬相港へ。加計呂麻島のバスはフェリーかけろまの到着に合わせて接続するので、瀬相港には続々とバスが集結します。でも今日は午後の便で請島へ渡るだけなので、まだ古仁屋へ戻るのは早く、お昼にフェリー便が出る生間港へバスで行くことにしました。生間へ行くには2ルートあり、大島海峡沿いを走る押角経由と反対側の外海側を走る秋徳経由があり、どちらもフェリー便に接続するので、時間のかかる秋徳経由で行くことにしました。


フェリーかけろまの到着を待って、発車です。
地元ならではのバスで、乗っているおばあさんたちの会話は全くわかりませんでした。
途中で乗客は私1人になりました。でも運転手はところどころで停車し、何かしています。見てみると、運転席から新聞をポストに入れているのでした。

外海沿いの道は狭く、くねくねしています。ひと山越えた集落から、人がぽつぽつと乗り、途中から高校生が乗りました。地元の人たちの会話から、この日はその子が通っている古仁屋高校が入試で休みなんていう話が漏れ聞こえてきて、地元のバスらしい一コマです。
加計呂麻バスは今の社長がバス会社の所長兼運転手で来たものを、バス会社の倒産後、加計呂麻島のみのバス会社として路線を譲り受け、宅配や新聞配達なども引き受けて地域の路線を維持するという会社で、バス会社という公共機関ながら福祉の側面を持つ地域住民と一体になった会社を目指すという社長の信念がホームページに書かれていました。各地のバス会社が過疎地から相次いで撤退している近年では珍しい会社であることは事実で、バスで旅ができるのはありがたいことです。
明日、回る予定の諸鈍集落を過ぎて、正午ごろ、生間港へ。

12時09分、ちょっと早めに出たフェリーかけろまは大島海峡を渡り、古仁屋港へ。
古仁屋港には後で乗る「せとなみ」が停泊していました。

海の駅で昼食。前回もここで食べておいしかったカツカレーを。

明日の朝、ここへ戻ってくるので、大きな荷物だけコインロッカーへ。ほとんど壊れていて、使えるのは数個だけでしたが、何とか入れることができました。
5へ続く。

昨日、うっすら見えていた与路島がくっきり見えていました。
西阿室小学校。

明治13年7月に開学したとのことで「開学100年の碑」が立っていました。こんな早い時期にと思ったのですが、調べてみると明治5年に学制の発布があり、2、3年のうちに学校自体は24000校ぐらいはできていたので、西阿室に小学校ができたのは遅いんですね。ただ子供が全員行くようになるのは明治末くらいだそうですが。

ガジュマルの木が特徴的です。
子供たちが作ったであろう西阿室の地図。戸数58戸。人口105人だそうです。

集落には厳島神社がありました。海の神様を祭っているのでしょう。昭和14年に鳥居を寄進したのは海軍大佐だそうで、この地が海軍と縁深いのは、大島海峡を海軍の基地としていたことと関連があるのかもしれません。


10時15分、西阿室発の加計呂麻バスに乗ります。

運転手は昨日宿に一緒に行ってくれた商店の店主でした。この後のバスの運転手を見ても、専用の運転手だけではなく、地元の人たちが交代で運転していることが多いようです。まあ1日4本程度のバスで専用の運転手を雇うのは難しいからでしょうね。
約10分で瀬相港へ。加計呂麻島のバスはフェリーかけろまの到着に合わせて接続するので、瀬相港には続々とバスが集結します。でも今日は午後の便で請島へ渡るだけなので、まだ古仁屋へ戻るのは早く、お昼にフェリー便が出る生間港へバスで行くことにしました。生間へ行くには2ルートあり、大島海峡沿いを走る押角経由と反対側の外海側を走る秋徳経由があり、どちらもフェリー便に接続するので、時間のかかる秋徳経由で行くことにしました。


フェリーかけろまの到着を待って、発車です。
地元ならではのバスで、乗っているおばあさんたちの会話は全くわかりませんでした。
途中で乗客は私1人になりました。でも運転手はところどころで停車し、何かしています。見てみると、運転席から新聞をポストに入れているのでした。

外海沿いの道は狭く、くねくねしています。ひと山越えた集落から、人がぽつぽつと乗り、途中から高校生が乗りました。地元の人たちの会話から、この日はその子が通っている古仁屋高校が入試で休みなんていう話が漏れ聞こえてきて、地元のバスらしい一コマです。
加計呂麻バスは今の社長がバス会社の所長兼運転手で来たものを、バス会社の倒産後、加計呂麻島のみのバス会社として路線を譲り受け、宅配や新聞配達なども引き受けて地域の路線を維持するという会社で、バス会社という公共機関ながら福祉の側面を持つ地域住民と一体になった会社を目指すという社長の信念がホームページに書かれていました。各地のバス会社が過疎地から相次いで撤退している近年では珍しい会社であることは事実で、バスで旅ができるのはありがたいことです。
明日、回る予定の諸鈍集落を過ぎて、正午ごろ、生間港へ。

12時09分、ちょっと早めに出たフェリーかけろまは大島海峡を渡り、古仁屋港へ。
古仁屋港には後で乗る「せとなみ」が停泊していました。

海の駅で昼食。前回もここで食べておいしかったカツカレーを。

明日の朝、ここへ戻ってくるので、大きな荷物だけコインロッカーへ。ほとんど壊れていて、使えるのは数個だけでしたが、何とか入れることができました。
5へ続く。
Posted by さがるまーた at 18:00│Comments(0)
│2014,3 アイランドほっぴんぐの旅
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