2015年05月24日
佐賀線廃線の旅(上)~LCCで行く佐賀日帰りの旅3~
日帰りの旅なので、そんなに遠くに行くことができないので、近場で興味のあることを探したところ、旧国鉄佐賀線の廃線跡をたどることにしました。
旧国鉄佐賀線は昭和62年に廃止された鉄道で佐賀駅から佐賀平野を通り、大川、柳川を通って鹿児島本線の瀬高駅まで結んでいた路線でした。今でも保存してある筑後川の可動橋など、有名なものもあったのですが、乗客減少と国鉄の赤字のため、JRになる前に廃止されました。
廃線跡をたどりますが、まずは佐賀駅付近へ。佐賀駅にも佐賀線のホームの跡が残っていますが、それは次回回しで、まずは佐賀線と長崎本線の分岐跡へ。

少し角度を変えて。

高架がスパッと切れていますね。

写真の右奥が博多~長崎を結ぶ、長崎本線です。今でも特急「かもめ」などが走っています。左側の切れている高架が佐賀線の跡だそうです。つい7,8年前まで地上に降りてくる部分もあったそうですが、隣接する駐車場の拡張のために撤去されてしまったそうです。その駐車場がこれ。

右手前から高架橋が降りてきて、左奥へと線路が走っていたようです。その先は道路のなっているようで、線形から推測して、駐車場の奥の道が線路跡のようです。

現在、次の東佐賀駅までの線路は一般道路に転用されています。東佐賀駅は築堤の上にあったそうですが、今は築堤は取り除かれ、駅の痕跡はありません。ここら辺が駅跡でしょうか?

この先の線路跡も道路になっています。

途中、八田江の橋には佐賀線の跡を偲べます。

電灯の柱には動輪のデザインが。

欄干には蒸気機関車が。


そして極めつけは橋の名前!

ズバリ「佐賀線偲橋」、そのままですが、廃線跡がわかっていいですね。

その先へ進みます。この交差点の信号の先の緑の多いところが南佐賀駅の跡になります。

その先「徐福サイクルロード」として自転車道になっています。
南佐賀駅は駅舎が改築されながらも残っていました。内部はトイレになっていました。

復元されたものかもしれませんが駅名標もありました。

ホームも残っています。レールがないのが残念ですが。

落書きされながらも、運賃表と時刻表も残っていました。

1日10往復走っていたようですが、朝夕、とくに夕方以降に集中していて、日中は少ない感じがします。運賃は思ったよりは上がっていないです。当時博多までが800円で今は佐賀~博多が1110円なので、まあそんなものでしょうか。

レンタカーなので、自転車道は通れず、並行する道を通って、隣の「光法駅」跡へ。

現役時代は無人駅だったそうで、おそらく駅舎はなかったようです。現在はホーム上に休憩施設が建てられています。

次は「諸冨駅」跡へ行こうかと思ったのですが、ちょうど旧町営体育館や産業振興会館になっていて、記念碑のみだそうですが、ちょうど産業振興会館でお祭りをやっているようで駐車場に入る車が混んでいたのであきらめました。現役の頃は諸冨町(現在は佐賀市)の中心の駅で行き違い可能な比較的大きな駅だったようです。
次はようやく目的の場所へ着きます。
3へ続く
旧国鉄佐賀線は昭和62年に廃止された鉄道で佐賀駅から佐賀平野を通り、大川、柳川を通って鹿児島本線の瀬高駅まで結んでいた路線でした。今でも保存してある筑後川の可動橋など、有名なものもあったのですが、乗客減少と国鉄の赤字のため、JRになる前に廃止されました。
廃線跡をたどりますが、まずは佐賀駅付近へ。佐賀駅にも佐賀線のホームの跡が残っていますが、それは次回回しで、まずは佐賀線と長崎本線の分岐跡へ。

少し角度を変えて。

高架がスパッと切れていますね。

写真の右奥が博多~長崎を結ぶ、長崎本線です。今でも特急「かもめ」などが走っています。左側の切れている高架が佐賀線の跡だそうです。つい7,8年前まで地上に降りてくる部分もあったそうですが、隣接する駐車場の拡張のために撤去されてしまったそうです。その駐車場がこれ。

右手前から高架橋が降りてきて、左奥へと線路が走っていたようです。その先は道路のなっているようで、線形から推測して、駐車場の奥の道が線路跡のようです。

現在、次の東佐賀駅までの線路は一般道路に転用されています。東佐賀駅は築堤の上にあったそうですが、今は築堤は取り除かれ、駅の痕跡はありません。ここら辺が駅跡でしょうか?

この先の線路跡も道路になっています。

途中、八田江の橋には佐賀線の跡を偲べます。

電灯の柱には動輪のデザインが。

欄干には蒸気機関車が。


そして極めつけは橋の名前!

ズバリ「佐賀線偲橋」、そのままですが、廃線跡がわかっていいですね。

その先へ進みます。この交差点の信号の先の緑の多いところが南佐賀駅の跡になります。

その先「徐福サイクルロード」として自転車道になっています。
南佐賀駅は駅舎が改築されながらも残っていました。内部はトイレになっていました。

復元されたものかもしれませんが駅名標もありました。

ホームも残っています。レールがないのが残念ですが。

落書きされながらも、運賃表と時刻表も残っていました。

1日10往復走っていたようですが、朝夕、とくに夕方以降に集中していて、日中は少ない感じがします。運賃は思ったよりは上がっていないです。当時博多までが800円で今は佐賀~博多が1110円なので、まあそんなものでしょうか。

レンタカーなので、自転車道は通れず、並行する道を通って、隣の「光法駅」跡へ。

現役時代は無人駅だったそうで、おそらく駅舎はなかったようです。現在はホーム上に休憩施設が建てられています。

次は「諸冨駅」跡へ行こうかと思ったのですが、ちょうど旧町営体育館や産業振興会館になっていて、記念碑のみだそうですが、ちょうど産業振興会館でお祭りをやっているようで駐車場に入る車が混んでいたのであきらめました。現役の頃は諸冨町(現在は佐賀市)の中心の駅で行き違い可能な比較的大きな駅だったようです。
次はようやく目的の場所へ着きます。
3へ続く
Posted by さがるまーた at 18:00│Comments(0)
│2014,9 LCCで行く佐賀日帰りの旅
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。