2015年05月28日
筑後川昇開橋~LCCで行く佐賀日帰りの旅4~
さらに進むと、筑後川に出てお目当ての赤い橋が見えてきました。

この赤い橋が筑後川昇開橋です。ここは佐賀線の線路の橋だったのですが中央部分が上がって船が通れるようになっています。

2011年11月に1回来たことはあるのですが、その時は17時以降だったので真ん中の橋が上がっていて通れませんでしたが、今回はまだ中心部が開いている時間でした。着いた時間は16時半!あと5分でもう真ん中の橋が上がってしまうとのことで、中心部へ急ぎます。

時間ぎりぎりですが、橋を上げようとしていた係員にお願いして、やってきた諸冨側から大川側へ一往復させてもらいました。


対岸の大川側よりの昇開橋部分です。

戻ってきたら、係員がチェックして、昇開橋部分を上げます。


昇開橋を上げると、こんな感じ。

昇開橋が上がると、観光客がいなくなりました。赤く塗られた橋の形と色は空との対比が美しく見えます。

諸冨側へ戻ってきました。橋が終わると筑後若津駅なので、駅に近づいたことを示す駅名標識が設置されていました。


赤い橋の部分は橋の中心部のみで、その付け根の部分は通常の橋梁です。当時の線路は単線でしたが、保守用の通路やスペースがあったので、その部分もあってか、橋の上は広く感じます。

この橋ができたのは、昭和10年。まだそのころは筑後川を使う舟運が盛んで、往来する船も多かったとのことで、船も通れるように中央部分を昇降できる昇開橋になったそうです。この橋を使っていた国鉄佐賀線が昭和62年3月に廃線になり、撤去、解体という話になっていたらしいのですが、シンボルとして残してほしいという地元の熱意で残ったとのことです。
諸冨側にはいろいろなモニュメントが設置されています。


赤い橋は空の青、雲の白さとの対比で本当に美しいですね。何枚撮っても飽きません。

この筑後川は佐賀県と福岡県の県境にもなっています。川の向こうは家具作りで有名な大川市になります。車で迂回して、福岡側へ向かいます。
5へ続く。

この赤い橋が筑後川昇開橋です。ここは佐賀線の線路の橋だったのですが中央部分が上がって船が通れるようになっています。

2011年11月に1回来たことはあるのですが、その時は17時以降だったので真ん中の橋が上がっていて通れませんでしたが、今回はまだ中心部が開いている時間でした。着いた時間は16時半!あと5分でもう真ん中の橋が上がってしまうとのことで、中心部へ急ぎます。

時間ぎりぎりですが、橋を上げようとしていた係員にお願いして、やってきた諸冨側から大川側へ一往復させてもらいました。


対岸の大川側よりの昇開橋部分です。

戻ってきたら、係員がチェックして、昇開橋部分を上げます。


昇開橋を上げると、こんな感じ。

昇開橋が上がると、観光客がいなくなりました。赤く塗られた橋の形と色は空との対比が美しく見えます。

諸冨側へ戻ってきました。橋が終わると筑後若津駅なので、駅に近づいたことを示す駅名標識が設置されていました。


赤い橋の部分は橋の中心部のみで、その付け根の部分は通常の橋梁です。当時の線路は単線でしたが、保守用の通路やスペースがあったので、その部分もあってか、橋の上は広く感じます。

この橋ができたのは、昭和10年。まだそのころは筑後川を使う舟運が盛んで、往来する船も多かったとのことで、船も通れるように中央部分を昇降できる昇開橋になったそうです。この橋を使っていた国鉄佐賀線が昭和62年3月に廃線になり、撤去、解体という話になっていたらしいのですが、シンボルとして残してほしいという地元の熱意で残ったとのことです。
諸冨側にはいろいろなモニュメントが設置されています。


赤い橋は空の青、雲の白さとの対比で本当に美しいですね。何枚撮っても飽きません。

この筑後川は佐賀県と福岡県の県境にもなっています。川の向こうは家具作りで有名な大川市になります。車で迂回して、福岡側へ向かいます。
5へ続く。
Posted by さがるまーた at 18:00│Comments(0)
│2014,9 LCCで行く佐賀日帰りの旅
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。