2011年05月08日
奄美大島半周記~奄美群島南下紀行②~
奄美群島南下紀行の続き、2日目です。旅程の都合上、奄美滞在は今日1日のみ。奄美大島は結構広いので、とりあえず、観光地は考えず、島を1周することにしました。
まずは名瀬市から東シナ海沿いの道路を西へ。天気は曇り。波は荒れておりました。

道も狭くグネグネと曲がっていて、なかなか走りにくい道です。トンネルもこんな感じ。

時々ある集落にはこんな看板が。

集落は風が強いらしく、こんなものがくるくる回っていました。

道は西の端まで行って山を越えます。超えると、そこは内海。穏やかなものでした。

養殖やってましたね。
途中に寄った郵便局には、

郵便局の目の前が海でした。

奄美にきて不思議なのは、どこの集落にも土俵があることです。昔は豊作を祝う神事の一環だったようですが、今ではみんなが帰ってくる夏休みにやったりするそうです。

また山を越えます。越えると、今度は大島海峡。向かいは加計呂麻島です。

西の端に近い西古見まで来ました。集落は海からの風を防ぐため、海沿いは石垣に囲まれていました。

今度は奄美大島の南の端を東へ向かいます。
大きな町、古仁屋に到着。ここから加計呂麻島行きの船が出ます。ここのターミナルの2階には渥美さんが。

寅さんこと「男はつらいよ」の最終話は加計呂麻島で撮影されたそうで、その記念の展示室です。寅さんのはじめはフジテレビのテレビシリーズで、最終話で寅さんは奄美大島でハブにかまれて死んでしまったという設定でした。そのときテレビ局に寄せられた苦情の多さから山田洋次監督が映画化した「男はつらいよ」は隣の加計呂麻島で恋人のリリーとともに生きているらしいという話で終わったのは不思議な縁ですね。
さてここ古仁屋は国道58号線の終着点。それはここ

標識を見ると

確かにここまでですね。この先は沖縄本島の奥につながり、沖縄の58号になります。
名瀬に帰り、宿で聞いた島唄の小料理店へ。
島唄聞いて、知らない地元の人と話して、しこたま黒糖焼酎飲んで、店お任せの家庭料理を食べました。
一人でこういうところに入ることはめったにないんだけど、まあこういうのもいいかなと。そんな夜でした。
まずは名瀬市から東シナ海沿いの道路を西へ。天気は曇り。波は荒れておりました。

道も狭くグネグネと曲がっていて、なかなか走りにくい道です。トンネルもこんな感じ。

時々ある集落にはこんな看板が。

集落は風が強いらしく、こんなものがくるくる回っていました。

道は西の端まで行って山を越えます。超えると、そこは内海。穏やかなものでした。

養殖やってましたね。
途中に寄った郵便局には、

郵便局の目の前が海でした。

奄美にきて不思議なのは、どこの集落にも土俵があることです。昔は豊作を祝う神事の一環だったようですが、今ではみんなが帰ってくる夏休みにやったりするそうです。

また山を越えます。越えると、今度は大島海峡。向かいは加計呂麻島です。

西の端に近い西古見まで来ました。集落は海からの風を防ぐため、海沿いは石垣に囲まれていました。

今度は奄美大島の南の端を東へ向かいます。
大きな町、古仁屋に到着。ここから加計呂麻島行きの船が出ます。ここのターミナルの2階には渥美さんが。

寅さんこと「男はつらいよ」の最終話は加計呂麻島で撮影されたそうで、その記念の展示室です。寅さんのはじめはフジテレビのテレビシリーズで、最終話で寅さんは奄美大島でハブにかまれて死んでしまったという設定でした。そのときテレビ局に寄せられた苦情の多さから山田洋次監督が映画化した「男はつらいよ」は隣の加計呂麻島で恋人のリリーとともに生きているらしいという話で終わったのは不思議な縁ですね。
さてここ古仁屋は国道58号線の終着点。それはここ

標識を見ると

確かにここまでですね。この先は沖縄本島の奥につながり、沖縄の58号になります。
名瀬に帰り、宿で聞いた島唄の小料理店へ。
島唄聞いて、知らない地元の人と話して、しこたま黒糖焼酎飲んで、店お任せの家庭料理を食べました。
一人でこういうところに入ることはめったにないんだけど、まあこういうのもいいかなと。そんな夜でした。
Posted by さがるまーた at 10:02│Comments(0)
│2011春 奄美群島南下紀行